大河 『真田丸』 第8話「調略」の名言51個・感想/第9話注目ポイント/解説:春日信達とは?
2016/04/04

この記事では、NHK大河ドラマ『真田丸』について、名言・名セリフや感想を書いています。
※ネタバレを含みますので、未視聴の方はご注意ください。
前回の記事 大河 『真田丸』 第7話「奪回」の名言32個・感想/第7話注目ポイント もどうぞ!
目次
1. 第8話「調略」のキーマン「春日信達(かすがのぶたつ)」とは?
2. 名言・名セリフで名場面を振り返る『真田丸』第8話「調略」
第8話「調略」のキーマン「春日信達(かすがのぶたつ)」とは?
『真田丸』第8話「調略」で、俳優の前川泰之(まえかわやすゆき)さんが演じた春日信達(かすがのぶたつ)と、その父親である高坂昌信(こうさかまさのぶ)/春日虎綱(かすがとらつな)について、知っているとより深くドラマを楽しめる情報を載せています。
武田四天王と呼ばれた父・高坂昌信(こうさかまさのぶ)
一般的には、「高坂昌信/香坂弾正(こうさかだんじょう)」として知られる春日信達の父・春日虎綱は、内藤昌豊/昌秀(ないとうまさとよ/まさひで)、山県昌景(やまがたまさかげ)、馬場信房/信春(ばばのぶふさ/のぶはる)と共に「武田四天王」「武田四名臣」と呼ばれ、内政面・軍事面・外交面で武田信玄を支えました。
(本記事では以下、「高坂昌信」と記載します)
高坂昌信は、武士の家系ではなく、石和(山梨県笛吹市)の大百姓・春日大隅の子として1527年に誕生。
16歳の頃から武田信玄の近習(身の回りの世話をする役)として働き、1552年には足軽大将、1553年には信濃小諸城の城代(大名から城の守備を任された家臣)となります。
その後、1560年頃までには海津城の城代となり、対上杉家の最前線拠点を守る重要な役割を果たしました。
1575年、織田家・徳川家と武田家の合戦「長篠の戦い(設楽ヶ原の戦い)」では、昌信本人は国境守備のため出陣しませんでしたが、代わりに出陣した長男の高坂昌澄(こうさかまさずみ)、つまり春日信達の兄が戦死しています。
(よって、次男である春日信達が後に後継者となります。)
武田信玄の死後も高坂昌信は海津城の城代を務め、1578年には武田家と上杉景勝との同盟(甲越同盟)の締結に奔走。
その最中に高坂昌信は死去したと伝えられていますが、後世に残された書状から、春日信達が父の跡を継いで交渉に加わっていたことが判明しているそうです。
(余談)高坂昌信は武田信玄と衆道(男色)関係にあり、武田信玄が「春日源助」に宛てて浮気を詫びたとされる文書がその根拠とされていますが、高坂昌信が「源助」と名乗ったことはなく、「春日」部分は後世の追記であったことから、史実ではない可能性が高いそうです。
春日信達(かすがのぶたつ)の略歴
春日信達/高坂(香坂)昌元は、高坂昌信の次男として誕生。
上述の通り、高坂昌信の跡を継いで海津城代となった後、1579年には駿河国東端の三枚橋城(静岡県沼津市)の城代として、今度は対北条家の抑えとなります。
1582年に織田家の進攻が始まると、信達は三枚橋城を捨てて新府城へと戻りますが、武田勝頼の同行を申し出たものの側近から退けられ、織田家に降伏することに。
新たに信濃を治めることとなった森長可(真田丸第6話に登場)に仕えることとなりますが、本能寺の変が起こった後に森長可が撤退を始めると、それを阻止。
その後、春日信達は息子を人質として交渉を続けますが、最終的にその息子は森長可によって殺害されてしまいます。
その後、春日信達は上杉景勝に仕えることになりますが、真田家や北条家と通じていたことが発覚し、上杉景勝によって処断されたと言われています。
さらに18年後、森長可の弟である森忠政が北信濃の領主となった際に、長可の撤退を阻害したことを理由として、春日信達の一族は処刑されてしまったそうです。
高坂昌信の子孫、高坂剛(こうさかつよし)さんとは?
1970年生まれの格闘家・プロレスラーである高阪剛さんは、高坂昌信の末裔とのこと。
高阪さんは、1994年にプロレスラーとしてデビューすると、1998年には米格闘技団体UFCに日本人として初めて参戦し「世界のTK」として名を馳せます。
2006年に「サモアの怪人」と呼ばれたマーク・ハントに敗戦して引退した後は、指導者・解説者としても活躍。
実は、2009年に大河ドラマ「天地人」にも出演しています。(残念ながら高坂昌信役ではなく、山伏の首領役)
格闘技だけではなく、ラグビー日本代表のスポットコーチとして、2015年のワールドカップイングランド大会の歴史的勝利に貢献したことでも知られています。
名言・名セリフで名場面を振り返る
『真田丸』第8話「調略」
(放送日:2月28日/再放送:3月5日)
各セリフのを押すと、真田丸の名言・名セリフを簡単にTwitterでシェア・投稿することができます。
先を急ぐな。食べる分だけ、汁をかける。少しずつ、少しずつ。わしの食べ方じゃ。
北条の国盗り、ゆっくり味わおうではないか。
でもね、源次郎様が助けに来てくれた時は、何て言うのかな、暗闇に急に光が差し込んだっていうのかな~。
でも、何とか城で私を見つけ出した時の源次郎様の目は一生忘れない。本当に嬉しそうだった、輝きで分かったわ。
何を考えておるのだ?そなたの兄は。上杉につくと向こうから言ってきたんだぞ!
その舌の根も乾かぬうちに……。許し難い裏切りじゃ。
今でもたまに思う。武田さえ滅んでいなければ、こんな苦労はしなかった。わしも……恐らくはそなたの父も。
信玄公がいかに大きかったという事じゃ。9年前、あのお方が亡くなられた時、わしら家臣も……皆、死んだのだ。
全てじゃ。北条の馬鹿息子はわしのまいた餌に釣られて、上杉との戦を諦め、徳川攻めに転じた。これで信濃を狙っていた徳川の動きも封じられた。
越後の謀反も耳に入っていたゆえ、上杉が攻めてこない事も分かっておった。
全ては計略のうちじゃ。
あらすじ 第8回「調略」|NHK大河ドラマ『真田丸』
『真田丸』 第8話「調略」(2月28日放送)の感想
真田丸第8話「調略」の主役は、何と言っても前川泰之さん演じる、春日信達(かすがのぶたつ)でしょう。
織田信長や明智光秀といった歴史上の有名人物が、いわゆる「ナレ死(有働由美子さんのナレーションで死が語られてアッサリと処理される)」で劇中から消えていく一方で、ほぼ知られていない人物を中心に据えて一つの話を作るという【メリハリ】が、三谷幸喜さん脚本の醍醐味とも言えますね。
視聴者としては、「なぜ春日信達のような『いい人』」が殺されなければならなかったのか?」と疑問に思うところもありますが、そう思わせることで「戦国時代の非情さ、不条理さ」を描きたかったのかも知れません。
信達は信濃の国衆ではありませんでしたが、少し歴史が変わっていたら、昌幸や信繁と一緒に盟友として諸大名と戦っていたのではないか、そんなIFを妄想してしまいました。
もう一方の中心人物と言えば、その春日信達を暗殺した、信繁の叔父である真田信尹です。
後年、大阪の陣において、信繁に徳川家への寝返りを誘ったのは真田信尹とも真田信幸(信之)とも言われていますが、「真田丸」においては、きっと信尹が説得に現れるのではないか、そこへ繋げるための伏線を感じさせるストーリーでした。
今回の脚本においてハッキリとした描写が無かったことの一つとして、「真田信尹は兄・真田昌幸から、当初より春日信達の暗殺を命じられていたのか?」という点がありますが、「わしのようには、なるな。」という発言から、少なくとも信尹のハラは最初から決まっていたようにも思えますね。
真田昌幸は「表裏比興の者」と呼ばれた事で知られていますが、真田昌幸を「表」とするのであれば真田信尹は「裏」とも言えるポジションで真田家を支えていたのでしょう。
さて、もう一つ見解が分かれそうなところなのが、真田昌幸のセリフ。
真田信幸の「どこまでが狙いだったのですか?」という問い掛けに対して、「全てじゃ。」と答えたのが本心であったのか、あるいはハッタリであったのか、ということですが、個人的には「信幸と昌幸では見えている世界が違う」と理解しています。
今回の調略における一連の流れにおいて、信幸の視点では一つひとつの事件の連続が「偶然」とも呼ぶべき展開となっていますが、昌幸はもっと大局的な視点で状況を捉えているので、「上杉・北条・徳川を信濃から追い払う」という戦略さえ実現できれば、枝葉にはいちいち拘っていないのかも知れません。
今回出番がグッと増えた北条氏直は、残念ながら「小物キャラ」「雑魚キャラ」的な扱いで、昌幸に翻弄されてしまいました。
ストーリー上では8年後の豊臣秀吉による小田原征伐において、史実では父・北条氏政が主戦派、子・北条氏直が和平派(もしくは中間派)であったとされていますが、「真田丸」での氏直は主戦派になってしまいそうな勢いですね。
「真田丸」の脚本は、戦国時代を扱ったドラマの「定説」を覆すようなキャラ設定が好きなので、あるいはそんな展開もあり得るかも知れません。
「定説」と言えば、北条氏康から嘆かれた「ニ度汁かけ/汁かけ飯」のエピソードを拠り所として能力が無かったとされることが多い北条氏政ですが、「真田丸」ではそのエピソードに新たな解釈を加えて、「少しずつ、少しずつ」が氏政の「行動原則」であったという設定となっています。
息子の氏直が「ザコキャラ」ならば、父の氏政は「ボスキャラ」のような雰囲気を醸し出していますが、まだまだ真田家のことを軽く見ている模様。
今後の回において、真田家に対して敵対心を持つようになった時、氏政がどのような「変身」を遂げるのか。 高嶋政伸さんの演技には今後とも大注目ですね。
次回『真田丸』 第9話「駆引」(3月6日放送予定)の注目ポイントは?
結果的には春日信達の死を利用したことで、父・真田昌幸や叔父・真田信尹のやり方への不信感を持った真田信繁。
そんな信繁に、梅(黒木華)ときり(長澤まさみ)が声を掛けてくれます。
ストーリーの展開としては、そろそろ信繁と梅が急接近するようですが、きりを演じる長澤まさみが株を上げることはできるのか、個人的には注目したいところです。
また、次回は昌幸と徳川家康の直接対決が見られそうですね。
最近はすっかり「和ませキャラ」と化している家康ですが、「真田信繁の最大のライバル」といえばやはり徳川家康なのですから、「狸親父っぷり」を見せてくれることに期待しましょう。
信濃の国衆・室賀正武もストーリーに深く関わってくるようですが、過去3回(第3話・第5話・第6話)登場した決めセリフ「黙れ小童!」の4回目が待たれるところです(?)
あらすじ 第9回「駆引」|NHK大河ドラマ『真田丸』
追記1. 第8話「調略」の視聴率は17.1%
2/28に放送された「真田丸」第8話「調略」の視聴率は、前回第7話「奪回」の17.4%を0.3%下回る17.1%だったことがビデオリサーチ調べで分かったそうです。
大河ドラマらしい展開が続き、視聴率が安定しているようにも感じますが、再び20%台を突破するための起爆剤が何か欲しいところではありますね。
追記2. 真田信繁と大坂の陣を共に戦った後藤又兵衛役が哀川翔さんに決定!
NHK公式サイトによると、堺雅人さん演じる真田信繁と大坂冬の陣・夏の陣で共に戦った後藤又兵衛(ごとうまたべえ)のキャストが、俳優の哀川翔(あいかわしょう)さんに決定したそうです。
ニュース 真田信繁の盟友・後藤又兵衛役は、哀川翔さんに決定!|NHK大河ドラマ『真田丸』
後藤又兵衛基次(ごとうまたべえもとつぐ)は、黒田家の家臣として黒田官兵衛に仕えていましたが、その息子・黒田長政との折り合いが悪く、黒田官兵衛が死去した2年後の1606年に黒田家を出奔しています。
黒田長政は後藤又兵衛に「奉公構(ほうこうかまえ)」という罰を与えたため、他の大名が又兵衛を雇うことができなくなったため、浪人生活を強いられ、結果として大坂城へ入城することになるのです。
2014年の大河ドラマ「軍師官兵衛」では後藤又兵衛役を俳優の塚本高史さんが演じていましたが、又兵衛の経歴を鑑みれば「不良」「アウトロー」のイメージがある哀川翔さんがピッタリかもしれないですね。
大坂冬の陣・夏の陣では、大坂方の武将として、真田信繁/後藤又兵衛の他に、毛利勝永(もうりかつなが)/長宗我部盛親(ちょうそかべもりちか)/明石全登(あかしたけのり・ぜんとう)を合わせた5人が「大坂牢人(浪人)五人衆」として知られています。
現時点では毛利勝永/長宗我部盛親/明石全登のキャストは未発表ですが、誰が演じることになるのか楽しみですね!